1.はじめに
今回、企業の皆様を対象に、ビジネスと人権を中心としたESG法務に特化した本ウェブサイトを立ち上げました。
今後、こちらのコラムにおいて、ビジネスと人権に関する実務を通じて得た一般的な知見や、最新の情報共有等を随時アップデートする予定です。
宜しくお願い申し上げます。
第1回目は、ビジネスと人権に関する取り組みで、まず企業の皆様が取り掛かることの多い「人権方針・ポリシー」の策定に関し、経済産業省が公表している「責任あるサプライチェーン等における 人権尊重のためのガイドライン」(以下「ガイドライン」といいます。)と、同じく経済産業省が公表している「責任あるサプライチェーン等における 人権尊重のための実務参照資料」(別添1及び2を含めて、以下「実務参照資料」といいます。)を中心に、その留意点等をご紹介できればと思います。
なお、人権ポリシー策定に関して、国連指導原則(UNGP)にて要請されている事項は、本ウェブサイトの「サポート内容」「01 主なビジネスと人権に関するサポート」案内ページ(こちら)をご参照ください。
2.何を記載すべきか
ガイドラインでは、国連指導原則を踏まえて、人権方針・ポリシー策定にあたっての留意点等が説明されていますが、具体的に「何を記載すべきか」については、クリアになされていません。
もっとも、ガイドライン発表後、令和5年に入り、経産省が追加で発表した実務参照資料では、ある程度具体的な記載項目例が列挙されており、参考になります。
以下では、7つの記載項目例をピックアップしてご説明します。
実務参照資料では、そこに記載されている人権ポリシーの記載項目例に関し、「以下項目例は、これらのとおり記載しなければならない、これらだけを記載しておけば足りる、という趣旨のものではありません」との注意喚起がなされています。
企業毎に関与し得る人権侵害リスク(人権への負の影響)が全く異なる以上、それは当然のことで、次に列挙する記載項目例に盲目的に従うことは控えるべきですが、ただ、ビジネスと人権に関するプラクティスがまだ確立されていない現状では、企業の皆様にとって、「あるべき人権ポリシー策定の方法」を具体的に把握する一助になることは間違いなく、その観点から、以下ご案内します。
(1)当該企業における、人権方針・ポリシーの位置づけ
各企業においては、経営理念や行動指針等、企業のあるべき姿勢等を定めるファンダメンタルな文書がすでに存在していることが通常かと思います。
本記載項目例は、それらと人権ポリシーとの関係性を検討し、人権ポリシーの位置づけを同ポリシー内に明記することで、両者の一貫性の担保を狙いとするものです。
(2)人権ポリシーの適用範囲
一般的には、人権ポリシーは、同種の事業を行っている限り、グループ会社内や各部署等で内容が大幅に異なってくるものではない、と考えられます。
もっとも、業種が異なるグループ会社等がある場合は、独自の、又は追加での人権ポリシーを策定する方法も考えられます。
本記載項目例は、そのような人権ポリシーの適用範囲の明確化を狙いとするものです。
(3)関係者等への期待の明示
これは、国連指導原則や、それを踏まえたガイドラインにも記載されていることですが、人権方針・ポリシーをいざ効果的に実践・運用しようとすれば、当該企業内のみならず、その取引先や関係者にもそれを遵守してもらう必要があります。
自社が参加しているサプライチェーンを見れば、それは明らかといえます。
本記載項目例は、そのような社内外の人間に対する、人権ポリシーに沿った人権尊重への期待を明らかにすることを狙いとするものです。
なお、この項目は、国連指導原則にて人権方針が満たすべき要件の一つにも掲げられているため、記載は必須と考えられます。
(4)国際的に認められた人権尊重の表明
国際的に認められた人権として、国際人権章典で表明されたものや、「労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言」に挙げられた基本的権利に関する原則などがあります。
現代の国境をまたいだサプライチェーンを想起すれば分かるように、自国内で認められた人権を意識するだけではもはや不十分であり、人権尊重の対象は、そのような国際的に認められた人権の視点を持つ必要があります。
本記載項目例は、上記のような重要な国際文書への支持・尊重等を記載することを狙いとするものです。
(5)人権尊重責任と、法令遵守の関係性
こちらも国際的な視点での記載事項例となります。
まず、当該企業が海外に拠点を持ち、又は海外に取引先等が存在するような場合、当該海外の法令で認められた権利や自由を侵害してはならないことは当然です。
他方で、その海外が例えば発展途上国であり、その現地の法令を遵守しているだけでは、上記「4」に記載した「国際的に認められた人権」の尊重が十分に図られない可能性が認められることもあります。
そのような場合、企業には、当該現地法令を超えて、国際的に認められた人権を可能な限り最大限尊重する方法の追求が求められます。
本記載項目例は、そのような企業の人権尊重責任を記載することを狙いとするものです。
(6)自社における重点課題
本記載項目例は、当該企業における重点課題となる人権・権利を把握し、それへの取り組み姿勢等を記載することを狙いとします。
この記載項目例の部分は、後記「3.人権リスクの把握・マッピング」で詳述します。
(7)取り組みの実践方法
人権ポリシーは、策定して終わりではなく、それを実践・運用してはじめて意味があります。
そのような実践・運用を通じて、企業全体に人権ポリシーが「生きたもの」として定着し、現実の世界で人権侵害リスクの軽減・排除が図られていきます。
本記載項目例は、そのような企業の取り組みの実践方法等を記載することを、狙いとするものとです。
3.人権リスクの把握・マッピング
国連指導原則上、人権方針・ポリシー策定とともに、企業の責任として定められる人権デューデリジェンス(”人権DD”)は、そのファーストステップとして、「人権への負の影響の特定・評価」(サプライチェーン上で生じている/生じそうな人権侵害を特定し、深刻度を評価)をすべき、とされています。
個々の企業毎に、その活動の中で関与し得る人権侵害を把握し、深刻度等の視点でマッピング等するようなイメージです。
この企業毎の人権リスクの把握・マッピングの作業は、人権DDとは別に、人権方針・ポリシー策定の段階でも、実は必要になると考えられます。
上記「2.何を記載すべきか」の7つの記載項目例との連動性をもっていうと、人権ポリシーでは、自社における重点課題を明記すべきと考えられており(上記(6)の部分)、その重点課題をあぶりだすためには、上記個々の企業における人権リスクの把握・マッピング作業が必要と考えられます。
実務参照資料にも記載のある通り、この人権リスクの把握は、当該企業の関連する「事業分野別」、「産品別」、「地域別」の人権課題を見ながら、実施していくことが通常です。そして、それに加え、企業固有の社内資料・過去のエピソードも踏まえて、人権リスクの把握を行います。
前者3つの「事業分野別」「産品別」「地域別」の人権課題は、それを一からピックアップしようと思うと、かなり大変な作業を強いられますが、このとき大変参考となるものとして、こちらの実務参照資料の「別添1 参考資料」があげられます。
そこでは、これら3つの視点での人権課題が参考情報として整理されており、自社における人権リスクの把握、それによる重点課題の「あたり」をつけるうえでは、非常に参考になる印象です。
4.おわりに
以上、経産省のガイドライン及び実務参照資料をもとに、企業の皆様が、人権方針・ポリシーを策定される際に注意すべきポイントをまとめてみました。
人権ポリシーは、企業の人権尊重取り組みの幹となる方針であり、それゆえ個別具体的な事項までは盛り込まれない傾向があります。
その場合は、人権ポリシーとは別に、いわゆるCSR調達方針(Procurement Policy)などもあわせて策定することが考えられます。
本コラムの内容は、一般的な情報提供に止まるものであり、個別具体的なケースに関する法的アドバイスを想定したものではありません。
本コラムの内容につきまして、当事務所及び執筆者個人の弁護士は、一切の責任を負いません。
法律・裁判例に関する情報及びその対応等については、本コラムのみに依拠されるべきでなく、適宜、別途弁護士のアドバイスをお受け頂ければと存じます。