1.人権DDで初めにやるべきこと
ビジネスと人権の中心を担う「人権デュー・ディリジェンス」(”人権DD”)に着手するとき、まず何をすべきでしょうか。
人権方針・ポリシーの策定を除けば(人権ポリシー策定に関するコラムは、こちらをご参照ください)、「企業が関与している、又は関与し得る人権侵害リスクの特定・評価」が人権DDの第一歩、と考えられています(令和5年4月経産省発表の「責任あるサプライチェーン等における 人権尊重のための実務参照資料」参照)。
今回は、そのうちでも最初のステップと考えられる、「リスクが重大な事業領域の特定作業」のあり方について、経産省のガイドライン及び実務参照資料をベースにご紹介します。
2.最初のステップ=リスク発見に向けた準備運動?
人権DDにおける最初のステップ「リスクが重大な事業領域の特定作業」とは、主には、以下の4つの視点を用いて、いわば「自分の会社が、潜在的に、どのような人権侵害リスクをはらんでいるのか」を認識する作業といえます。
1.セクター (事業分野)のリスク
2.製品・サービスのリスク
3.地域リスク
4.企業固有 のリスク
(1)一般的な視点・データからのリスク特定作業
このうち「1」~「3」の視点は、一般的な視点・データから、自社における人権侵害リスクを特定する作業、といえます。
すなわち、人権DDを行おうとする企業は、まず自社の「事業分野」、「製品・サービス」及び「地域」の3点から、そこでよく問題となる人権侵害リスクをリサーチし、自社においても同様の人権侵害リスクを孕んでないか、点検することが求められます。
この点、令和5年4月経産省発表の「責任あるサプライチェーン等における 人権尊重のための実務参照資料」においても、これら3つのリスク視点に関し、確認ポイント例として次の説明がなされています。
「自社のセクター(事業分野)、製品・サービス、又は、自社・取引先が事業を行う地域において、どのような人権侵害リスクが指摘されているかについて、人権侵害リスクの類型、深刻度、発生可能性といった観点から確認します。」
(令和5年4月経産省発表の「責任あるサプライチェーン等における 人権尊重のための実務参照資料」9頁目より)
この点、これから人権DDを行おうとする企業においては、上記の一般的な視点・データを収集すること自体が困難と感じるかもしれません。
そこで経済産業省は、「責任あるサプライチェーン等における 人権尊重のための実務参照資料 (別添1)参考資料」にて、「事業分野別」、「産品別」、「地域別」に一般的な視点で問題になり得る人権侵害リスクを案内しています。
そのため、まずはこの経産省の実務参照資料を参考にしながら、前述の一般的な視点・データを収集することになるでしょう。
経産省の資料に加え、EU企業持続可能性デュー・ディリジェンス指令案(Proposal for a DIRECTIVE OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL on Corporate Sustainability Due Diligence and amending Directive (EU) 2019/1937)で、人権侵害リスクの比較的高い事業分野として、通常の企業と異なる適用基準が定められている(同指令案Article 2 1.(b)参照)繊維業界、農業界、林業界、漁業界(水産養殖を含む)、食品製造業界、鉱物資源の採取業界等においては、より注意深く類型的な人権侵害リスクを検討することが望まれます。
そして、それらのリスクが高いとされる事業分野では、OECD(Organisation for Economic Co-operation and Development:経済協力開発機構)がその産業特有のリスクを踏まえた詳細な手引書を提供しています。
例えば、繊維(衣類・履物)業界に関してであれば、OECD Due Diligence Guidance for Responsible Supply Chains in the Garment and Footwear Sectorがあり、経産省がその和訳「OECD 衣類・履物セクターにおける責任あるサプライチェーンのためのデュー・デリジェンス・ガイダンス(仮訳)」も提供しています。
そのため、それらのより詳細な情報・データも含めて、人権侵害リスクの特定を検討することがよいでしょう。
(2)個別の視点・データからのリスク特定作業
一般的な視点・データでのリスク特定作業に加えて、企業固有の事情からリスク特定を行う作業も必須となります。
本来は、企業毎にリスク要因等も千差万別であることから、この作業は欠かすことのできない作業といえます。
具体的には、当該企業におけるこれまでの内部での問題、トラブル、通報などの有無を検証することが考えられます。
またそれに加え、外部からの通報や、取引先の情報(例:人権侵害を理由とした制裁を受けているような取引先がいないか)にも注意をする必要があります。
特に、グリーバンス・メカニズムをすでに構築・導入している企業においては、それを通じて集約された情報等も人権侵害リスクの特定にあたり有用となります。
さらには、人権DDに向けて、新たに企業内外にアンケートを実施し、企業固有の人権侵害リスクの可能性をあぶりだすことも考えられます。
以上、今回は、人権DDの出発点である「負の影響の特定」をどのように行うかにつき、ご紹介しました。
当事務所では、このような人権侵害リスクの特定作業を含む人権DDの法務サポートに積極的に取り組んでいます。
本コラムの内容は、一般的な情報提供に止まるものであり、個別具体的なケースに関する法的アドバイスを想定したものではありません。
本コラムの内容につきまして、当事務所及び執筆者個人の弁護士は、一切の責任を負いません。
法律・裁判例に関する情報及びその対応等については、本コラムのみに依拠されるべきでなく、適宜、別途弁護士のアドバイスをお受け頂ければと存じます。